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青森家庭裁判所 昭和41年(少)1号 決定

少年 K・R(昭二三・一二・一七生)

主文

少年を青森保護観察所の保護観察に付する。

理由

一  非行事実

少年は日本人であるが、有効な旅券を所持せず、また旅券に出国の証印をうけないで、昭和四〇年七月○○日午前六時頃○ハ○ン墓参団一行を乗せた銀○丸に秘かに乗り込み、北海道○内港を出港し、不法に本邦を出国して、同日午後六時頃ソビエト連邦領○ハ○ンのホ○ム○ク港に到着したものである。

二  適条

出入国管理令六〇条一項二項、七一条

三  要保護性

(1)  本件は、日本人が有効な旅券を所持せず、密かに日本国を離れ、ソビエト連邦領の○ハ○ソに上陸したというもので、少年の非行としてはきわめて特異な性質を有し、当然少年が日本国政府或はある思想団体の依命を受けた諜報活動の一員ではないかとの疑惑を生じせしめる。しかし本件の捜査書類及び調査審判に現われた諸般の証拠によれば、少年には上記の目的がなく、少年が本件非行を犯すに至つた動機は次のような事情であつたことが認められる。

即ち少年の父は母方に婿入りして少年をもうけたが、母方の家風に馴めず、離婚して、まだ乳飲子の少年を連れて実家へ戻り、その後しばらくして家出してしまい現在まで行方不明であり、少年は叔父(父の兄)方で養育された。

同方においても少年は従兄弟の中にあつて応々孤立的心境になりがちで、好きな電機関係の機械いじりで、その心境をまぎらわせていたが、中学の頃、偶々今は他に再婚している実母とめぐり会つたことから、家庭内におけるコンプレックスを益々強く抱くようになつていつた。

そのことが更に家庭からの逃避を望む気持に発展して行き、偶々前から友人の兄がブラジルへ行つた話をきき、外国渡航を夢見ていた気持と結びつき、更に思春期特有の何か変つたことをしてみたいという単純な気持が加わり、当時偶々大々的に報じられていた○ハ○ン基参団のことを聞き知り、その結果の重大性を殆んど意に留めず、衝動的に本件非行に及んだものである。

(2)  以上のように、少年には諜報活動の目的がなかつたことが認められるが、一時的にせよ、かかる疑惑をソビエト連邦の官憲に与えたということは、わが国とソビエト連邦との友好親善関係を害し、わが国の外交政治の上にも悪影響を与えたということから、又他の少年に模倣される可能性があるということから、少年を刑事処分に付すべきであるという意見も生じよう(尚検察官は処遇意見としてかかる主張をした)。しかし少年の本件非行の一事をもつてわが国とソビエト連邦との友好親善関係にどれほどの害を与えたであろうか。公安関係の取締当局にとつてはきわめて重大な関心事であることは当然ではあろうが、少年の処遇を考える場合、その方面の利益のみを殊更重視するのは妥当ではなく、少年法の根本精神に照らして検討されなければならないことである。してみれば、本件非行はその公安事件的性格を充分考慮してもいまだ少年法の保護処分主義という大原則を排除するだけの罪質情状を有するものとはいえ得ず、また類似非行の後発予防という点においても、刑罰の一般予防的機能に期待するほどの緊要性は考えられない。

この点については保護処分の執行の場で又は一般的教育の場で啓蒙して行くべきものであろう。

(3)  少年の前記の如き性格及び家庭環境、また少年が本件当時在学中の高校を退学になつたという事情を考えれば、少年が今後再び外国渡航を企てることはないとしても、家庭からの逃避、また高校退学の絶望感から家出を企てる可能性が充分考えられる。従つて少年の今後の処遇については少年を保護観察に付するのが最も妥当であると認められる。処遇にあたつては、少年の心的安定の場は何としても学校生活の中にあると考えられるので、とりあえず、高校への復学又は再入学を援助することが緊要であり、更に少年の性格の矯正及び家庭環境の調整につとめ、特に少年が今後諸々の障害場面に遭遇しても、それから逃避することなく、敢然とそれに立ち向かつて行くだけの強い意志力を涵養し、また将来好きな電機関係の仕事で自立できるようになるよう指導していくことが望ましい。尚少年が本件非行を英雄気取りで友人に吹聴することのないよう厳に注意せしめることも肝要である。

よつて少年法二四条一項一号により主文の通り決定する。

(裁判官 穴沢成己)

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